20.その他法律問題

2014年3月11日 火曜日

傍聴のススメ

 この原稿を書いている平成25年12月現在、ドラマ「リーガルハイ(2期)」が最終回を迎えております。
 実務と異なる点は当然多々ありますが、弁護士の視点から見てもとても面白いです。
 こういった弁護士ドラマ等を見て、裁判でも傍聴してみようかと思い立つ方もおられるかもしれません。

 傍聴は基本的に自由です。
 予約は不要ですし、身分確認もありません。
 ふらっと訪れて、開廷している適当な法廷に入り、好きな席に座って裁判の様子を見聞きするだけです。
 他人の裁判を眺めるだけというのもなかなか面白く、手軽に非日常的な雰囲気を味わえるため、傍聴マニアというものも存在します。
 今回は傍聴に行く際の注意事項をいくつか。

 まず、傍聴自体は基本的に自由ですが、一応厳粛な場ですので、その空気を乱す人間は裁判官によって排除されます。
 突然叫んだり、法廷内をウロウロしたりするのは論外としても、「居眠りをしている」「ニヤニヤするのを止めない」といった理由で退廷させられた傍聴人もいました。
 裁判官から直々に「出て行け!」と言われるのはなかなか恥ずかしいので、なるべく神妙な態度でいた方がよいでしょう。

 次に、傍聴するなら刑事裁判が絶対にお勧めです。
 というのも、民事裁判ではリーガルハイのように弁護士が滔々と主張を展開したり、尋問で演説よろしく自己主張したりすることはありません。
 主張は書面でやり取りし、尋問も必要なポイントに絞って聞くので、部外者からはどういう事件で何をやっているのか、ほとんどわからないまま手続が進行します。

 その点、刑事裁判は冒頭で検察官が概要を述べてくれます。
 尋問で泣き崩れる証人もいれば、悲しい過去や境遇を語り、あるいは異次元の弁解を展開する被告人もいます。
 運が良ければ、最後に裁判官が胸熱な訓辞説教で締めてくれることもあります。
 各当事者が虚実ないまぜに役割を演じている様は、ちょっとした舞台劇と言ってもよいかもしれません。

 課外授業で傍聴に来ている中高生を見かけると、「異議あり!」などとサービスしたくなりますが、そうそう異議など述べる機会はなく。
 せめてもと声を張って、多少なりともドラマ的弁護士を演じられるようにしています。
 弁護士も(おそらく裁判官も検察官も)観客がいた方が気合も入りますので、興味のある方はぜひ傍聴に出かけてみてください。

(『蒼生 1月号』掲載記事)

投稿者 士道法律事務所 | 記事URL

2014年2月19日 水曜日

憶えたてのキミの番号

 突然ですが、皆さまは自分の自宅やケータイ以外の電話番号をいくつ覚えているでしょうか。

♪ とにかく公衆電話まで行こう 確かコンビニが近くにあった
 憶えたてのキミの番号 もうソラで言えるかな!? ♪

 槇原敬之が『雷が鳴る前に』でこう歌ったのは1992年、もう22年も前のことです。
 ケータイやスマホが発達した今、連絡先は記憶するものではなく、メモリ任せという人がほとんどでしょう。

 普段の生活ではそう問題ありませんが、連絡先を覚えていないことでとても困ってしまう場合があります。
 それは、警察に身柄拘束されて一定の条件が揃ってしまったときです。



 逮捕されて警察署に連行された場合、身柄拘束されたことを家族等に連絡してもらうことができます。
 ここで覚えている番号がなく、更にケータイを使えない状況にあったりすると。
 連絡してもらえないので、当然周りは逮捕の事実を知り得ないことになります。


 その後、弁護士が刑事当番等で接見に行った際に、外部の人間への伝言があるか聞くのですが...

「○○に面会に来るように伝えてください。電話番号?覚えてません。でもケータイには登録してあります。」

 と言われることがよくあります。



 この場合、取り得る対応は概ね次の3パターンです。

①刑事に被疑者のケータイを操作して番号を弁護士に伝えるようお願いする
②被疑者がケータイを宅下げして、弁護士が番号を控えてから差し入れする
③捜査の過程で警察官に上手いこと何とかしてもらう


 この中では①が比較的楽なのですが、警察署によってやってくれる場合と断られる場合があります。
 なぜ署によって対応が違うのか疑問でしたが、最近、留置管理課の警察官から話を聞いて理由が判明しました。

「以前そういう対応を取ってやったら、『警察官がいじってケータイが壊れた』と難癖付けられて、以後禁止となった。」

 うーん、さすが大阪、ヤカラに死角なし。
 比較的緩い警察署だとこれで教えてくれることもありますが(それでも渋ります)、断られることの方が多いです。


 ①がダメとなると、次は②です。
 宅下げ+差し入れの手続を取るのが若干面倒ですが、宅下げさえできれば目当ての番号はわかります。
 ところが...ケータイが証拠品として押収されていると、還付されるまで宅下げができないのです。

 また、私は未経験ですが、『宅下げできたが電源が切れていた』場合。
 充電できる場所を探さねばなりませんが、多くの弁護士が当番接見に行くであろう夜間はショップも閉店しています。
 となると、一旦持ち帰って翌日以降ショップ等に行き、後日改めて警察署まで差し入れに行くことになるのか...
 被疑者国選ならともかく、不受任なら費用も出ないのに時間と交通費を費やす羽目になるという恐ろしい事態に。


 最後の手段が③です。
 例えば、取り調べで警察官が『参考として』ケータイを被疑者に提示する。
 ケータイのメモリを開いて任意の連絡先を被疑者が確認する。
 被疑者がその番号を読み上げて、「ここに連絡してください。」と言う。
 これを受けて、警察官がその連絡先に逮捕の事実等を電話する。

 やってくれるかどうかは担当の刑事次第です。



 面会や差し入れを家族に頼みたい。
 しばらく欠勤することを勤務先に伝えたい。
 それなのに番号がわからず連絡ができない、というのはかなり歯痒いはず。

 万一に備えて、せめてどこか1か所くらいは、キミの番号をソラで言えるようにしておくことを推奨します。

投稿者 士道法律事務所 | 記事URL

2013年11月 7日 木曜日

婚外子への平等相続は家族制度を崩壊させるか

 平成25年9月4日、非嫡出子(婚外子)の相続分を嫡出子の半分とする民法900条4号を「違憲」とする最高裁決定が出ました。
 
 これに関して政界では、いわゆる保守派の議員が今回の最高裁決定を受けた法改正に反発している模様です。

 中学校で習う三権分立や違憲審査を理解できていないのではないかと心配になってくるような暴論は見なかった振りをして差し上げるとして、私が気になったのは「家族制度が崩壊する」という意見です。

 論理の流れがはっきりしませんが、
 「最高裁に従った法改正をすると、婚外子が増えて家族制度が崩壊する。」
のだそうです。


 今回の最高裁決定や法改正を受けて、
 「よし、これで子どもの相続分は平等になるから、心置きなく浮気して子どもを作れるぞ!」
と考える人が続出するとでも言うのでしょうか。
 
 そんな馬鹿なこと、あるわけがないでしょう。
 子どもの法定相続分のことを考えながらセックスする特異な性癖の持ち主がいるなら、是非一度お目にかかりたい。
 その方はきっと私が見たことも聞いたこともないようなサイケデリックな世界観を語ってくれるはずです。
 


 民法900条4号が意味を持つのは、嫡出子と非嫡出子が同時に存在する場合に限られます。
 (例:父Xには妻Aと浮気相手Bがおり、Aとの間の子C、Bとの間の子Dがいる。)
 (例:父Xは前妻Aと死別した後、女性Bと事実婚状態に入り、Aとの間の子C、Bとの間の子Dがいる。)

 したがって、非嫡出子しかいないようなケースでは民法900条4号の問題が生じることはありません。
 (例:父Xには事実婚状態の女性Bがおり、Bとの間に子C、子Dがいる。)
 (例:父Xは女性Yとの間に子Cを設けた後にYと別れ、次に女性Bとの間に子Dを設けたが、Xは誰とも結婚していない。)

 家族制度を守りたいなら後者のパターンをどうにかすべきなのですが、残念ながらこれは今回の最高裁決定と無関係です。
 最高裁決定と家族制度崩壊を結び付けるには、最高裁決定(あるいは法改正)『によって』人々が婚外子を積極的に作るようになり、『その結果』家族制度が崩壊する、という因果の流れが必要なのですが、それが全く見えません。



 一方、事案の具体的内容から最高裁決定を批判する意見もあります。
 今回争われた事件は、概略次のような事例でした。

 「父Xと妻Aは婚姻していたが、Xは浮気相手Bと肉体関係を持った。
  XとAとの間には子C(嫡出子)と子D(嫡出子)がいた。
  XとBとの間に子E(非嫡出子)と子F(非嫡出子)が生まれた。
  AはXの経営する店舗で身を粉にして働いていた。
  XはAを家から追い出してBを迎え入れ、Aを冷遇した。
  その後Xは死亡し、民法900条4号の合憲性が争われた。」

 AやC、Dが気の毒だから、EやFの相続分をC・Dと同等にするのはけしからん、という論調です。

 しかし...どう考えても悪いのはX(あるいはB)でしょう、これ。
 X(あるいはB)がひどいことをしたとして、その責をEやFに負わせようというのは八つ当たり以外の何物でもありません。
 EやFは親を選べないし、生まれる前のことはどうしようもないのですから。

 仮に、これとは逆に、B・E・Fが妾とその子としてAらからいじめられていたと言うケースだったらどうでしょうか。
 Bに相続権はなく、E・FはC・Dの半分の相続権しかないことになりますが、この場合のE・Fは気の毒ではないのでしょうか。

 こういう個別のケースで公平妥当な結論を目指すため、従前の家庭環境を考慮して審判で相続分を決めようとか、あるいはそのための立法を検討しようとか言う話ならわかります。
 ですが、それを法律の合憲違憲の話に飛躍させるのは無理があります。

 「親の不貞の罪は子が負うべし」
 「妾の子は差別されても仕方ない、むしろ差別すべきだ」
という考えに基づく見解であるなら、もはや論外と言わざるを得ません。



 私は、「万人はすべからく平等でなくてはならない」などという考えを掲げるつもりはありません。
 生まれながらの能力差、家庭環境、努力の程度や偶然の作用で各々の人生や幸福度に差異は生じます。
 生き物なのだからそれは当たり前のことであり、そこに行き過ぎた平等意識を持ち込んでも歪な平等が生まれるだけです。

 ただ、己の意思では如何ともし難い、出自のみを理由とする不条理な不平等があるのなら、それを是正することに大きな問題があるとは思えません。
 今回の最高裁決定は、過度の平等を強いるものではなく、法令違憲の判断は当然の帰結と考えます。


 仮に、今回の最高裁決定で家族制度が崩壊するようなことがあったとしても。
 それは、人々が家族制度なるものにその程度の価値しか認めていなかったことの証左となるだけのことでしょう。
 本当に素晴らしい価値あるものであるならば、最高裁決定ごときでその輝きが色褪せることはないはずですので。

投稿者 士道法律事務所 | 記事URL

2013年10月24日 木曜日

契約書のお話

 契約書は日常生活の様々な場面で登場します。
 車を買うとき、生命保険に加入するとき、消費者金融でお金を借りるときなどなど。
 会社員や自営業者の人であれば、商品の仕入や工事の請負など、仕事の関係で契約書に接する機会は更に多いでしょう。

 さて、「契約は契約書に署名・押印することで成立する」というのは正しいでしょうか。
 「署名・押印のある契約書があれば契約に従う義務が生じる」というのはどうでしょうか。

 厳密に言えば、これらはいずれも誤りです。
 民法で規定された契約の大半は「合意」によって成立します。
 合意の有無が問題なのですから、契約書の作成は契約成立の条件ではないし(保証契約等の特殊な契約を除く)、何らかの事情で契約書だけ存在していても合意がなければ契約は成立していません。
 また、たとえ当事者が合意して契約書まで作成していたとしても、違法な高金利の貸金契約や公序良俗違反の契約(愛人契約など)は違法部分が無効となるので、その契約内容に従う義務は生じません。

 では、「契約書」とは何なのか。
 端的に言えば、「ある合意の成立を示す資料」、つまり「証拠」です。
 ただの証拠ですから、契約書自体から権利や義務が発生するわけではないし、契約書を破ったり焼いたりしても権利や義務は消えません。

 契約書が意味を持つのは契約の内容に争いが生じたときで、例えば裁判になれば契約書その他契約に関する文書の有無が勝敗を分けます。
 特に、署名や押印のされた契約書があると合意の成立が推定され、「内容を確認しなかった」「意味がわからなかった」「偽造された」といった言い訳はまず通用しなくなるので、契約書を作成する際には内容にきちんと目を通して十分注意した上で署名や押印をする必要があります。

 ちなみに、弁護士は、事件を受任する際には受任範囲や報酬を明記した契約書を作成することを義務付けられています。
 契約書の重要性を誰より熟知しているはずの職業人ですから、義務規定がなかったとしても当然作成すべきでしょう。
 ところが、性格的にルーズであったり、昔ながらのなぁなぁで事件を受けたりしている弁護士の中には、契約書の作成を怠る人が少なからずいます。
 虫歯だらけの歯医者、ボサボサ髪の美容師のようなもので、プロとしての信頼性に欠けこと甚だしいと思うのですが...

(『蒼生 10月号』掲載記事)

投稿者 士道法律事務所 | 記事URL

2013年8月 9日 金曜日

正義の味方?

 弁護士を「『○○』の味方」というとき、どんな言葉をイメージするでしょうか。

 この仕事をしていると、稀に「弁護士は正義の味方、弱い者の味方じゃないんですか。」と言われることがあります。
 これを言うのは大体が弁護士を雇わずに本人で対応している民事事件の相手方なのですが、相手方からこう言われたときには「違います。」とはっきり答えています。

 弁護士は、争いごとに巻き込まれたかわいそうな人を嗅ぎ付けてヒーローよろしく参上するものではなく、問題を抱えた依頼者の相談を受けて初めて動くものです。
 言うなれば傭兵のようなものですから、原則として雇い主である依頼者のために戦うのが当たり前なわけです。
 無論、全員が同一のギルド(日弁連)に所属しており、信義に則り品位を保つ等の制限が課せられているといった点が傭兵とは異なりますので、「金を払ってくれる依頼者のためなら何でもやる」というわけではありませんが。

 正義や弱者といった言葉は、非常に使い勝手のいい便利な言葉です。
 例えば、民事事件は双方の言い分が異なるから争いになっているのであって、ほとんどの場合はどちらも自分こそが正しいと思い込んでいます。
 また、弱者というのは定義が曖昧で主観的な言葉です。
 お互いが「自分が正しい」と思い込んでおりますので、弁護士が正義の味方だと勘違いしていると、「弁護士なのに悪い奴(相手方)に肩入れして自分の言い分を聞いてくれない。」と不満を抱くこともあるというわけです。

 民事事件に関していえば、弁護士は代理人であり、本人に代わって矢面に立って戦っているだけですから、対立する相手方からすれば基本的には敵です。
 明らかにおかしなことを言っている依頼者や反社会勢力の尖兵となるべきではないとの制約はありますが、それを超えて敵も含めた万人に分け隔てなく公平な立場で仕事をするわけではありません。

 多くの事務所がHP等で「あなたの味方」という言葉を掲げておりますが、これは「(依頼者となった)あなたの味方」という意味です。
 ですから、少なくとも相手方の弁護士に対しては過度の甘い幻想は抱かない方がよいでしょう。

(『蒼生 7月号』掲載記事)

投稿者 士道法律事務所 | 記事URL

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