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2012年10月26日 金曜日

遠隔操作ウィルス冤罪事件について思う(後編)

 今回のケースは、裁判における検察と被疑者・弁護人の役割分担を源泉とする、宿命的な問題といえるのかもしれません。

 例えば、刑事裁判の弁護人は、世間から次のような非難を受けることがあります。

  「弁護士は凶悪な犯罪者の味方をして恥ずかしくないのか。」
  「そんな子どもじみた言い訳が通るわけがないだろう。」
  「被害者の気持ちを考えろ。」

 なぜ弁護士は被疑者(被告人)の肩を持つのか。
 理由は非常に単純で、刑事裁判という劇場の中で、「被疑者(被告人)の味方」という役割を与えられているのが弁護人だからです。
 もちろん、弁護人は公益や弁護士倫理も考慮しなくてはなりませんので、無条件に被疑者(被告人)の利益だけ考えていれば良い、というものではありませんが。
 しかし、「被疑者(被告人)の味方」という役柄だけに呑まれてしまうと、非常識な行動を取ることになってしまいます。

 これと同じことが捜査機関側にも言えるでしょう。
 検察・警察に与えられている役割は、「被疑者(被告人)の弾劾者」です。
 当然、彼らにも、「無実の者に刑罰を与えることがないように」との制約が課されていますが、弾劾者の役に呑まれて思考停止してしまうと...
 捜査の過程で不自然な点が認められても、一度クロの心証を抱いた相手は、証拠隠しや調書捏造をしてでも有罪に持っていってやる!、と暴走してしまう可能性があるということです。


 役割分担という、裁判制度の基幹部分から来る問題ですから、一朝一夕に問題を解決できる妙案というものは存在しません。
 結局のところ、弁護士、検察官、裁判官の職業倫理と良心に期待する他ないということになりましょうか。

 自戒も含めつつ、この問題の推移を見守りたいと思います。

投稿者 士道法律事務所 | 記事URL

2012年10月25日 木曜日

遠隔操作ウィルス冤罪事件について思う(中編)

 一方、捜査機関側からすると、「やっていないことをやったと認める」ということをされると(厳密に言うとそれがバレると)非常に困ります。
 それは冤罪以外の何ものでもなく、捜査機関に対する国民の信頼を大きく損なうことになるからです。
 しかし、被疑者の中には、「やったことをやっていないと否認する」者も少なからず居りますので、捜査機関としては判断のバランス取りに苦慮することとなります。

 その対応として、いくつかのものが考えられますが、その中で最も忌むべきが、「『この被疑者がやった』という結論と整合しない証拠は排除し、これと整合する自白を意図的に引き出して調書化する等して、見た目に整ったストーリーを構築する」というものです。

 先般、大問題となったフロッピーディスク偽造のような極端な例は論外としても、捜査機関側によるある程度の操作はありえます。
 今回のケースでは、

  「犯行予告の書き込みがわずか2秒で行われたという不可解な記録が残っていた。」
    ↓
  「被疑者はその不可解さを指摘した。」
    ↓
  「捜査機関はその点について被疑者に追及した。」
    ↓
  「被疑者は『一心不乱に打ち込んだ』という回答をした。」
    ↓
  「捜査機関はそれ以上の追及を止めた。」

という一連の流れが、その現れであると言ってよいでしょう。
 明らかに不自然な事実、不合理な釈明ですが、最終的にこの点はスルーされました。
 このような事実を出すと、被疑者を有罪に持っていくのに不都合だからです。

 大きな組織力と権限を生かして高い情報収集能力を誇る捜査機関側にこのようなことをされてしまうと、被疑者・弁護人側としてはお手上げ状態となりかねません。
 被疑者・弁護人側としては、捜査機関側が誠実に仕事を遂行して、捜査の過程で不自然な点が見つかったらそこを丁寧に検証してくれることを期待するしかないのです。


 そういった点が十分考慮されないまま裁判が進んでいっても、本当に被疑者(被告人)が無実であるなら、例えば尋問の過程等で、有罪のストーリーにそぐわない不自然な点が必ず出てくるはずです。
 その引っかかりに裁判所が反応して、整合性を確かめるべく、細かな紐解きを試みてくれればまだ救いの可能性はありますが...ここは事件を担当した裁判官の性格にも左右されます。
 そのため、数はさほど多くはありませんが、不自然な点に十分な検討が加えられないまま終結を迎える事件もあります。

(後編に続く)

投稿者 士道法律事務所 | 記事URL

2012年10月24日 水曜日

遠隔操作ウィルス冤罪事件について思う(前編)

 冤罪事件として連日のように取り上げられている「遠隔操作ウィルス事件」について。
 この一連の事件は、4件の誤認逮捕事件から成っていますが、捜査官が「犯行を認めれば罪が軽くなる」旨述べて自白を引き出 そうとしたケースが存在し、捜査機関の誘導で自白調書が作成された可能性があることが指摘されています。
 この問題について、「刑事裁判における各当事者の役割」という観点から検討してみたいと思います。


  「犯行を認めると刑罰が軽くなる。」
 程度はともかく、これは現実の刑事裁判においてあることです。『罪を犯したことを前提として』、犯行を認めようとせずに刑罰を逃れようとする者より、犯行を認めて刑罰を受け入れる反省の姿勢を見せている者の方が犯情は軽いからで、そのこと自体は間違っているとは言えません。

 問題なのは、無実の場合であってもこれが意味を持ってしまうことがある、ということです。
 よく知られた例として、痴漢冤罪事件があります。最近の裁判では、痴漢事件で有罪と認定するにはそれなりの証拠が必要、というように厳格な事実認定を要求するのが主流となってきているようですが、少し前までは必ずしもそうではありませんでした。
 第三者の証言が得づらいことや、物証が残りにくいことから、被害者の供述が過度に重視され、被害者の供述1つで有罪認定されて家族も職も失ってしまうということがあり得ない話ではなかったのです。

 そのため、「真実は明らかになる。」ということが必ずしも期待できず、「不実の罪を認めて反省している(ような)態度を示し、不起訴を目指した方がダメージを抑えられる。」という発想が無視できないほどの意味を持つに至っていました。
 弁護士の登場する某テレビ番組で、「痴漢に間違われたときにどう対応すべきか」という問いかけに対する弁護士の回答がバラバラであったことは、そのことを示していると言えるでしょう。

 このように、「やっていないことをやったと認める」ことに一定のメリットがあると、それは被疑者・弁護人側の選択肢の1つとして機能してしまいます。

 また、被疑者は弁護人に対しても嘘をつくことがあります。

  「この被疑者は正直に本当のことを話しているのか。
   本当にやっていないとしても、この状況で無罪判決を勝ち取ることができるのか。
   被疑者に失職や家族崩壊のリスクを負わせて、無責任に徹底抗戦を勧めてよいのか。」

 否認事件では、様々な思惑や弁護士倫理等の制約が交錯して、弁護人としては非常に判断に迷うこととなります。

(中篇に続く)

投稿者 士道法律事務所 | 記事URL

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